これは私が前職在籍中にシステム開発工程中に出会った設計書のお話です。
パッケージシステムをエンドユーザーの要望に合わせてのカスタマイズ案件で、
自社担当の工程が詳細設計~結合テストまで。という案件。
私は最初から案件に携わっていたわけではなくて、途中から人手足りないからとテスト工程の手伝いに駆り出されたという立場でした。
設計書からテスト仕様をおこして、テスト仕様を満たしているかテスト実施とフィードバックを行っていました。
設計書から機械的にテスト仕様に変換したり、関連プログラムとの連携みながらテスト仕様を作ってテスト実施をやっていたところに
こんな設計書が回って来ました。
”打ち合わせのとおり”が仕様になった
その設計書には一言だけが書かれていた。
打ち合わせのとおり
と。
『え?』
『どうやってこれ実装したの?』
『これで設計やったって言えるの?』
そんな言葉が浮かんで来たが、まずは仕様の確認が先か…
「これはどの打ち合わせの事を指しているの?」
「その議事録や決定事項は?」
それすらも確認できなかった…
プロセスを明確にしたがらなかった理由
この不思議な設計書が出てくる前から
この会社は少しおかしかった。
プログラムの品質を高めると言っても、設計工程の尺度があまりにもバラバラだったのだ。
実装者のスキル向上を行おうにも設計のレベルを一定以上にしなければ無駄が多くなる。
「自分たちの仕事をプロセス化しましょう」
その提案に
「ギチギチと縛られるのは嫌だ」
頑なにそう言われプロセス化、プロセスの明確化ができなかった。
それはそうだ
設計者の時間が足りなくなったら
こんな設計書でも良しにしようと考えているんだから。
この設計書が書ける人物が評価される会社
『この会社成長しないな』
そう感じたのは
プロセス化を間違って認識していたことでも
こんな設計書を平気で次工程に回すことでも
この設計書について指摘しても悪びれる素振りすらないことでもない。
この設計書を大量に作成すれば
仕事ができると評価されていた事だ。
この設計書に振り回されて、尻拭いで時間を浪費していると”仕事が遅い”と評価されるのか?
打ち合わせに出てあんな一言を設計書に書いて、大量に設計書を作った実績だけあれば評価されるのが問題だよね。
こんな評価されるなら
設計の質も上がらなければ、プログラムの質が上がるわけないよ。
皆さんはこんな設計書が来たら
どう作りますか?
いや・・・良くPGやったな・・・
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